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「藤本繁蔵の鮨」その4 [鮨]

僕が雑誌「オプラ」(講談社)2004年6月号に書いた記事
『藤本繁蔵の鮨』の抜粋を数回に分けて、掲載することにしました。
14年前に書かれた記事ですから、
すでに故人となられた方の証言も含まれていることを
予めお断りしておきます。

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「とにかく粋という言葉がぴったりの人」。清水喜久男氏は回想する。
「髪は角刈り、服は着流し。帯をきりりと締めて、柾目の揃った桐の下駄を履いてました」
着物は唐桟縞(紺地に浅葱や赤の細い縦縞を配した柄)を特に好んだ。
足袋は四つ小鉤の紺キャラコで、店は日本橋の『大野屋』と決めていた。
下駄は赤坂の『長谷川』で買った。
「親方の下駄はね、足よりひと回り小さく誂えている。それを履いて颯爽と歩くのが鯔背でした」

そうかと思えばハイカラな一面もあり、カメラはライカ、腕時計はロレックスを愛用し、
トーストとコーヒーが大好きだった。鈴木民部氏は
「トースト用のパンは『明治屋』、サンドイッチなら神田の『蓬莱屋』と使い分けてた。
コーヒーだけじゃなく紅茶にもこだわりがあって、お湯じゃなくて牛乳で入れる。
今で言うロイヤルミルクティーだね。それも沸騰する寸前くらいにポットに注ぐんだ。
そうしないとうまくねえって、明治生まれの人が言うんですから」
と、目を細めて笑う。
(中略)

藤本のこだわりは鮨だけに留まらず、握る舞台である店そのものにも向けられた。
親方を務めた『にし木』や『きよ田』の内装は、なんと藤本が自らデザインしたものという。
いや、自分の店ばかりではない、弟子の『喜久好』や『鮨青木』
孫弟子の館野弘光氏の『山路』まで
藤本が内装の監修をしたというのだから驚くほかはない。

『きよ田』や『鮨青木』など数軒の内装に関わった内田幸男氏はこう語る。
「とにかくセンス抜群さ。店のカウンターひとつとっても、
藤本さんの頭の中には高さ、奥行き、すべてに完璧なイメージがある。
それがシャープなんだ。研ぎ澄まされてるんだよ」
藤本は内装工事の間も足繁く現場に通い、細かな指示をした。
「現場には藤本さん専用のイスがあって、それに座ってじっとこっちの仕事を見てるんだ。
まるで映画監督みたいな具合にね」

内田氏が藤本から学んだことは、氏が手掛けた店の内装にも生かされている。
「藤本さんの内装に対する考え方は引き算。飾り立てるんじゃなくシンプルであることが理想。
それが鮨を美味しく見せるってことが、あの人にはわかってた」(中略)
確かに内田氏の手掛けた店舗には、藤本好みの研ぎ澄まされた美しさがある。
こうして藤本の精神は、次なる世代の鮨職人にも脈々と受け継がれていく。

《終》
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